2013年6月28日金曜日

王子スタジアムの看板

王子スタジアムに設置されている関学の看板を新しく作り替えました。看板はスタジアムの入り口に立つと、すぐ目の前にありますし、阪急電車の王子公園駅からも見えますから、すでにご存知の方は少なくないかもしれません。

新しい看板はKGブルーの発色がよく、125周年記念マークも鮮明に見えます。来年は関学創立125周年にあたりますので、スタジアムを訪れる方がたはもとより、地域の方がたにも一人でも多く知っていただきたいという思いも込めています。

そして、何よりもスタジアムでプレーする選手たちの応援につながれば、もっとうれしいのですが。(グルーシェンカ)

2013年6月26日水曜日

正門前の風景

 正門前にあるバス停横の敷地は、現在工事中です。
 どうやらコンビニエンスストアができるという話が濃厚のようです。

 正門前の桜通りは電線が地中化する計画も進んでいるようで、関学の正門前の風景は徐々に変化しつつあります。きっと西宮上ケ原キャンパスの関学生は将来、正門前のコンビニエンスストアで買い物し、電線のない美しい桜通りを歩いたことも一つの良き思い出として世の中に旅立つのだろうと、私は遠い目で工事現場を眺めております。(しろくま)

2013年6月24日月曜日

西宮上ケ原キャンパスでNHKのロケ!

ロケの様子

本日はNHK総合テレビ「あほやねん!すきやねん!」のロケが西宮上ケ原キャンパスで行われました。

ロケにはお笑い芸人銀シャリのお二人がリポーターとして来られ、キャンパス内にいる学生さんのほか、ゼミや寮も訪問し、多くの関学生にインタビューしました。銀シャリの橋本さんは関学中・高・大のOBでもあり、久しぶりのキャンパス訪問を喜んでおられました。

関学大は76日(土)、10時から放送予定の同番組「キャンすごっ!」のコーナーに登場予定(放送は関西地域向け)。オンエアを楽しみにしていてくださいね!(いの)

2013年6月19日水曜日

田んぼの授業

先日、教育学部・湊秋作教授の授業を取材しました。

湊先生の専門は動物行動学・生態学。主に森林に生息しているヤマネの研究をしています。
私も同分野の仕事に従事していたので、取材前からとても楽しみにしていました。
今回取材した授業は1年生対象の「理科」。

先生と学生たちは近隣の田んぼへ出向き、水の中を1分間観察。その後、一定量の水を採取し、教室に戻ってから、顕微鏡で目に見える生き物・見えない生き物を観察していました。

慣れない田んぼの道を裸足で歩く学生たちは、はじめは「キャーキャー」と声をあげていましたが、慣れてきたころには、しっかりとした足取りで歩いていました。田んぼでの作業終了後、実習を許可してくれた田んぼの持ち主に、一同が感謝の意を込めてお辞儀をしていました。

参加したある学生は「湊先生の授業は実践でとても役立つと思います」と話していました。
この経験をいかして、田んぼの保全の大切さをこどもたちに教えている彼女の姿が目にうかびました。(とらぼるた)

2013年6月17日月曜日

総合関関戦は魅力がいっぱい!

 毎日暑い日が続きますね。学生の服装もすでに「夏真っ盛り」です。この暑さよりも熱いと思われる総合関関戦が、6月13日から15日にかけて、西宮上ケ原キャンパスで実施されました。
 今年で36回目を迎えた総合関関戦。今年は関学大が史上初の5連覇をかけて戦いました。中央芝生では両校ののぼりがたてられ、キャンパス内では各クラブの部員が試合の告知をしていました。キャンパス内を歩いているだけで、ホーム開催の盛り上がりを感じました。

 試合でも関学勢が絶好調!前哨戦から大きくリードし、本戦でも白星を重ねます。会場にはたくさんの観客が足を運び、関学大が勝利すると肩を組み、大きな声で校歌「空の翼」が歌われました。今年は関学大が19勝13敗3分けで圧勝し、5連覇を達成しました。銀座通りの掲示板には対戦表が掲示され、競技ごとに勝利校の校章が付けられます。関学の校章がたくさん並びました。

 全競技クラブが同時期に試合し、総合成績を競う総合関関戦は、日本で唯一の定期戦です。母校の誇りをかけて戦う選手たち、ワンプレーに一喜一憂する観客、暑さなど感じさせず応援する応援団、会場で響き渡る校歌や応援歌、試合後互いを称えあう姿など、総合関関戦には学生スポーツの醍醐味がたくさん詰まっていました。まさに学生スポーツの祭典です。毎日心躍りました。
総合関関戦の勢いに乗って、今後の大会でも好成績を残して欲しいですね。頑張れ、関学体育会!(MATSUHIRO)


2013年6月13日木曜日

「美味なり」

 することもない休日、遠い昔に出版された爺さんの全集をぱらぱらと繰った。
 英文学者で漱石の後輩だった彼が、学校でエリオットの詩の一節を講じたある日の授業風景をこう記している。
 
・・・ぼくがその部分を日本語に訳して説明すると一番前の席にいた学生
手をあげ、「先生の単語の訳は辞書には書いてありません」と言った。
ぼくはその学生に答えた。「書いてなければ今の訳を書き加えておけ」。

文学は言葉の感性を学べ、辞書に使われるな、と学生に言いたかったのだろう。
爺さんは官立の学校に勤めていたが、既成の権威とか権力を極端に嫌った。名誉褒章をことごとく忌避し、博士号を嗤った。授業が終わると市電に乗っていつものおでん屋に行き、いつも持ち歩く古唐津の猪口でお女将さんを相手に深更まで飲んだ。

変わり者だった。しかし当代の博学と洒脱な文章は世間に愛された。
多くのマスコミから依頼されて書いた寄稿文を掲載した新聞や雑誌が、変色した紙束の山となって行李にぎっしり詰まっている。拾い読みしているだけで、まる一日がつぶれた。

病気で大学病院に入院し、わが身の死期を悟った。病室でこっそりウイスキーを飲んで、3時間後に死んだ。大学ノートに「美味なり」とかすれた万年筆で記していた。

 わたしには遠い記憶の爺さんだったが、万感のこもる「美味なり」に人間味を感じた。爺さんの死んだ歳にだんだん近づいてきたからだろうか。(の)

2013年6月5日水曜日

世の中にある、人とすみかと

今年に入ってから急に、身近な方がたの訃報が増えました。学部生の頃、小生意気な口を利く私を大様に受け入れてくださった院生だった方、関学に就職してから、仕事を通じて親しくお話するようになった方がた。
人はいつか必ずこの世から退場するもの。わかったつもりではいますが、実際に身近な方の悲報に接すると、どうしようもない寂寥感におそわれます。

「方丈記」の有名な一説を思い出します。
行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある、人とすみかと、またかくのごとし。

この世にあるものに永遠を願っても、かなわぬこと。そうであれば、ひと時ひと時を大切にして、できれば後悔の少ない人生を生きていきたいものです。(グルーシェンカ)