2011年6月21日火曜日

時の流れ

 玄関をでると肩に雨が落ちてきた。
 「あれまぁ、しぐれてきましたなぁ」と後ろで声がした。振り返ると下宿のおばあちゃんが微笑んでいた。
 ふーん、時雨(しぐれ)、って言うのか・・・。
 大阪育ちの私には「ただの雨」だが、京都の人はひだのある言葉を使いわける。そういう繊細な情緒が文化を育むんだなあ、と学生時代をすごした京都で教えられた。

 おばあちゃんは、よく「屋敷の裏手にケヤキの森がおしたんやけど、先(せん)の戦争で焼けてしまはりましてなぁ」と言っていた。わたしは太平洋戦争のことと思っていたが、よくよく聞くと「先の戦争」は応仁の乱のことだった。
 500年前のできごとを、いまの時の流れのなかで自然に話す。時空を超越したそんな生き方は、うらやましくもあった。

 かえりみて、私たちは企業社会でどんな生き方をしてきたのだろう。
 そういえばこんな詩の一節があったっけ。

夢は砕けて 夢と知り
愛は破れて 愛と知り
時は流れて 時と知り
友は別れて 友と知る

 人ひとり、長い人生行路に曲折を重ねることもあろう。そんなときちょっと立ち止まって、時の流れる音を聴くのもいい。(の)